私たちの健康は、小さなことの積み重ね。歯みがき、食事、運動、睡眠…そんな習慣をみがいて、そだてて、つづけていくことが大切なのです。様々な職業・分野の中から健康につながる習慣を大切にしている方へ「生活習慣をみがくコツ」をお聞きしました。
取材先プロフィール
アリーナに響く、競技用の車いす同士がぶつかる衝撃音。車いすラグビーが激しい競技ということは聞いていましたが、実際目の当たりにすると、その迫力に圧倒されてしまいます。
壁谷知茂さんは、海外での医療ボランティア中に事故に遭い脊髄を損傷。リハビリ中に、四肢が麻痺してもできるスポーツとして車いすラグビーを開始、現在はトッププレイヤーとして活躍されています。しかし競技をはじめたころは辛さばかりを感じていたと言います。
「健常者のスポーツは、野球が好きなら野球、サッカー好きならサッカーと好きなものを選べる。でも、パラスポーツの場合は、自分の障害特性に合った競技から選ぶんです。たとえば、車いすラグビーは両手が健常だったらできません。
僕の場合は腋から下は全く動かず、両腕も内側はほとんど麻痺しています。それで車輪を押す。これがしんどい。上腕二頭筋、裏側の三頭筋、胸と背中、肩、使えるところは全部痛い。最初の2年ぐらいは、何かと理由をつけては、コートを離れて休んでいました(笑)」
さらに精神面でも厳しいことばかりが続きます。
「4人対4人で対戦するのですが、キャリアが浅い選手に持たせてアタックを仕掛けるのが戦略。その頃は、私がボールを持つたびにチームが失点、敗戦につながることが多く、精神的にもきつかった。でも、友人たちとうまくいかないところを共有し、励ましあってきたことで続けられました」
辛さを克服するとともに、高い目標が見えてきました。それは、壁谷さんがプレイヤーとして感じる魅力にも繋がっていきます。
「代表チームが強い。それが僕にとっての車いすラグビーの魅力です。現在(2020年1月現在)、世界ランキングは3位ですし、2018年の世界選手権では優勝しています。
強さの理由は、トレーニング量が圧倒的に多く、真面目にコツコツ取り組んでいる選手が多いこと。そして、先輩たちが努力して作ってきてくれた土俵の上に、経験のあるアメリカ人監督が戦略面などで知識を植え付けてくれること。その相乗効果で勝つから、さらにトレーニングしようといういいサイクルがあります。ただ、その分代表争いはし烈です」
代表としての大きな目標が2020年の夏にやってきます。東京を舞台に車いすラグビーの選手たちは、激しく、美しく戦います。そこに向けて、まずは代表の座を勝ち取ることが目標です。
「それだけではなく、競技人口を増やす、より多くの人に関わってもらうなど、車いすラグビーにはいろいろな課題があります。自分がしっかり発信力を持って、まずはこういうスポーツがあるということを伝えるところからはじめていきたい。
2019年におこなわれたラグビーのワールドカップを見てもわかった通り、代表が強いというのは大切なこと。まだ競技となって40年ほど。歴史を創っていく段階ですから」
さて、壁谷さんにはもうひとつの顔があります。それは「歯科医師」。歯学博士という歯や口内環境についてのプロフェッショナルなのです。歯の健康がアスリートにとって大切であるとはよく言われることですが、壁谷さん自身はどのようにケアされているのでしょうか。
「指が動かないのでフロスなどは使えないのですが、ハブラシは握れるので、普段は歯みがきに加えてマウスウォッシュなどを使ってケアしています。また、大学の同級生の夫婦が歯科医なので、そこへ定期的に歯石を取りに行くことはしていますが、それほどみなさんと違う特別なことはしていないんですよ」
それでもパラアスリートとして気をつけていることがあるそう。それは「噛み合わせ」。
「いろんなデータがあって一概にはいえないんですけど、ガチっと噛みしめるんじゃなくて、上下の歯が1㎜ぐらい離れているとパフォーマンスが発揮できるといわれています。リラックスしている時って、歯と歯が当たっていないんです。
僕の場合、ウェイトトレーニング時は安定させるためにマウスピースをしますが、コートに出る時はパフォーマンスに加えコミュニケーションをすごくとらなければいけないので、マウスピースはしません」
パラアスリートであり歯科医師である壁谷さんから、日々の歯のケアについてアドバイスをいただきました。
「僕ら歯科医の側からすれば、普段のケアに加えて、3ヶ月に1回クリーニングに来ていただければ、口腔内を健全に保つことはできます。ただ、仕事や子育てで忙しい中、わかっていても先延ばしにしてしまうのは仕方がないですね。
日々、自分でできるケアをおこない、その上で3ヶ月を約100日と考える。100日の中の1日だけなら時間が作れそうな気がしませんか。そのようにして歯科医を利用していただきたいですね」
取材・記事 岩瀬大二
撮影 片山よしお