コラム
2021/07/05

《教えて!アスリートの健康習慣》第7回 競馬編 矢野貴之騎手

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さまざまなスポーツの世界で活躍するアスリートに、健康習慣と競技の魅力を聞く連載「教えて!アスリートの健康習慣」。

今回は競馬。TCK(東京シティ競馬)で年間最多勝に輝き、数々のビッグレースに勝利してきたトップジョッキー、矢野貴之さんです。人馬一体という言葉もあるように、競馬は自身の力や技術だけではなく、馬の気持ちや能力を引き出し、寄り添う競技でもあります。実は危険とも隣りあわせで、体力、精神力も要求される競技のために必要な健康習慣を探ってみましょう。

■TCK(東京シティ競馬)とは?
東京都・品川区にある大井競馬場で開催されるレースの愛称。日本ではJRA(日本中央競馬会)が主催する「中央競馬」(有馬記念や日本ダービーなどが行われ、だいたい週末ごとの開催)と、地方公共団体が主催する「地方競馬」があります。TCKは特別区競馬組合が運営する地方競馬で、浦和、川崎、船橋の各競馬場をあわせ「南関東4場」として、他の地域よりもレベル、レースの価値が高いとされています。夏に行われる「帝王賞」や年末の「東京大賞典」など、中央、地方問わず強豪が集うビッグレースも数々開催。また、TCKの名物はナイター競馬「トゥインクルレース」。イルミネーションやグルメを、職場仲間や家族でも楽しめる空間として人気です。

プロフィール

 
矢野貴之(やの たかゆき)
騎手。大井競馬所属。2002年、高崎競馬場でデビュー。2005年高崎競馬廃止に伴い大井競馬に転籍。数々のビッグレースを制し、2017年に南関東最多勝騎手に輝く。2020年1月には通算1,500勝達成。南関東、TCKが誇るトップジョッキーのひとり。

必要なのは精神力と気持ちの切り替え


人馬一体で、美しくゴールへと駆ける。この疾走感が競馬の魅力のひとつ。

騎手という仕事は相当な体力が必要かと思います。矢野さんが活躍する南関東だと、中央競馬のように週末開催ではなく、2021年は南関東4場で年間277日と毎日のように騎乗があります。もっとも大変なことは何でしょうか?
右
まず精神力でしょうか。走るのは馬ですが、いかに馬の闘争心と自分の闘争心をマッチさせていくのかということが大切です。騎手がへこんでいたりすると馬にも伝わってしまいますし、逆に騎手ばかり闘争心が高まってもいけない。生き物が相手なので、自分がいかに安定していられるかはとても大事だなと思います。
人馬一体という言葉通りですね。ただ、その境地に至るまでは大変な道のりだったのでは?
右
はい、一般的な家庭で育って騎手になったので、小さい頃から馬と接していたわけではありませんでした。最初は乗るだけでいっぱいいっぱいで、気持ちもカラダも追いついていませんでした。1鞍(レース)乗るたびに疲れていたし、気持ちが削られていたこともありました。それがいつの間にか、身についてきたのかなあという感じです。ただ悩みは尽きないですね。
特に悩んでしまうのはどういう時ですか?
右
レースで勝てば全部が褒められるわけなのですが、ジョッキーとして納得できないこともあるんです。この馬だったらもっとできるはずなのに、それを自分が邪魔している、だけど、勝ったから褒められるという…。周りも自分も納得できる騎乗がいかにできるかということをいつも考えています。
勝っても負けても、もっとできることがあるだろうという思いがあるのですね。
右
はい。それから、騎手は1レースで1分半から2分半しか乗っていない。「返し馬」というレース前の準備を含めても5分ぐらいです。でも、馬をレースに出すために、厩務員をはじめとする方々は、何ヶ月も前から毎日世話をしています。わずかな時間でその努力をいい結果にも悪い結果にもしてしまうのが僕ら騎手なんだという思いがあります。
周りの期待や努力の中で納得できる結果を出すのは、緊張の連続ですね。
右
そうですね。だから勝っても負けても翌日に持ち越さないように、いかに気持ちを切り替えられるかも大切です。でも、ひとりになるとどうしても考えてしまうタイプで…。公正な競馬レースを行うため、また騎手のコンディションを整えるために、騎手はレースの前日から外部との接触がNGになります。そのため、どうしてもひとりの時間が長くなってしまうんです。家族の顔でも見られればいいんですけど。

 

勝利の笑顔!周囲の期待と願いを背負って走る重圧から解放される瞬間です。

気持ちとカラダの健康は家族の協力あってこそ

騎手は一定の重量で騎乗しなければいけないため、減量も厳しいと聞きます。
右
減量はものすごくしますね。年齢を重ねると体力の衰えはもちろん、代謝も悪くなる。調整ルームのサウナで体重を3㎏、4㎏落とす時もあります。心が折れそうになることもありますけれど、自分はこれをやれるからこそトップレベルでがんばれているのだと思っています。
この8月で37歳。まだまだお若いと思いますが…。
右
いやいや、大変ですよ。昔は食べ物も気にしていなくて。肉好き、お菓子好き、清涼飲料水大好き。(笑)さすがにこれじゃいけないと、意識的に野菜や豆類をサラダや鍋料理で食べて、それでおなかいっぱいにしています。
体力的には大丈夫なんですか?
右
もともと野菜自体は嫌いではなかったので無理はしてない感じですね。ただ、子どもたちはまだ野菜を全然食べないので、妻が私用に別に用意してくれています。ひと手間かかりますから大変ですよね。ありがたいです。
先ほど「家族の顔でも見られれば」といわれましたが、いろいろな面でご家族との時間は大切そうですね。
右
本当に大事です。南関東は1年を通してナイター競馬が多いので、帰宅すると子どもたちはもう寝ているんです。そして早朝は攻め馬(馬のトレーニング)があるので、それから帰ってくるともう学校に行っています。だからレースがない日は競馬と完全に離れて家族と過ごします。調教師からの電話にも出ない。それくらいオンとオフをしっかり分けることを意識しています。


「家族には感謝しかないです」としみじみ語る矢野騎手。

家族がいるからこそがんばれるのですね。一緒に楽しんでいる健康習慣はありますか?
右
普段、カラダを酷使しているので疲れを抜きたいということと、代謝が良くなることを期待して、温泉に良く行っています。家族も喜んで一緒に来てくれます。
そこで家族と過ごせるのはメンタル面にも良いんでしょうね。

騎手の歯には危険がいっぱい。その原因は…?

矢野騎手は落馬で背骨を折るという経験をされたり、先日も1ヶ月ほどケガで欠場されました。危険とは隣りあわせなのですね。
右
そうですね。ケガということでいえば、歯や口にもかなり影響があります。レース中も砂がかなり口に入ってきますし、それから馬の頭突きで歯がパーンと折れて飛ぶことも。
歯が飛ぶ!
右
馬が驚いて頭が下から上がってきて、顎にその硬い頭がぶつかってくるんです。私も前歯を一本やってます。先輩のトップジョッキーは、落馬した際、馬に踏まれて歯をがっつり折られたということもありましたね。騎手はそういった経験が多いです。


前を走る馬がはねた砂が口に飛び込んでくることも日常。

騎乗中、最後の直線!という場面で歯を食いしばるようなことはありますか?
右
食いしばるというのはないですね。人間が力を入れすぎると馬の邪魔になってしまうので、馬のリズムを大事にしています。
なるほど。力を入れすぎないことも技術のひとつなんですね。
右
普段のケアでいうと、騎手はけっこうお風呂に入るんです。朝の攻め馬の後、レース前、レース後の1日3回ぐらい。そこで必然的に歯みがきをしています。これはちゃんと習慣になっていますね。歯並びもいい方ですし、お口のケアについては気をつけている分、困ったことはないです。まあ、前歯は1本飛びましたけど。(笑)
ちなみに競走馬は歯みがきするんですか?
右
いやあ、なかなかしないですね。仮にしたとしても大変ですよ。馬の歯や噛む力は強いですから。カラダを噛まれると噛まれたところは紫色に変色しますし、指を持っていかれることもありますから。(笑)
最後に矢野騎手の本拠地であるTCKや地方競馬で、ここを見てほしい、楽しんでほしいというメッセージをお願いします。
右
地方競馬は馬との距離が近いんです。だから馬が走る振動が伝わってきます。ドドドドドという振動なんですが、僕はそれで感動してこの道に入りました。今でも自分が乗っていないレースを見ると、すごいなと感動します。それを味わっていただきたいですね。生で見ると絶対、楽しいと思います。

 

「長く乗っている馬だと、僕の体調が悪い時に察してくれるんです」と矢野騎手。いかに馬の邪魔をしないかが大切という矢野騎手の気持ちが通じているようです。

 

取材後記2021年4月、5月は無観客での開催となったTCK。矢野騎手は「やはり声援がないのはさびしいです。特に大きなレースになればなるほどさびしい」といいます。TCKといえばナイター競馬「トゥインクルレース」が名物。広々とした競馬場でキラキラと輝く馬体、そして東京湾からの涼風。そんな非日常を楽しめる場所に、早く歓声が戻ってきますように。

取材・記事 岩瀬大二
撮影 石原敦志
レース画像提供 東京シティ競馬

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6件のコメントがあります。
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  • 早く歓声が戻ってきてほしい
    2021/07/17
  • こんにちは、運営スタッフのヒカルです。
    短いレースの時間には、馬の力を最大限に引き出すための、たくさんの方の努力や想いが乗せられているようですね。
    近い距離で馬が走る振動を、私も感じてみたいです^^
    2021/07/14
  • 競馬はレースの一瞬にみんなが期待をかけているので短いからこそプレッシャーや緊張もすごいんだろうなと思います。
    頭が当たって歯が折れるところは想像するだけでも自分の口元がモゴモゴしてしまうくらい痛そうです…。
    2021/07/12
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